昔から、少しズレたものに惹かれてきた。
でも、人と違うことがしたいわけじゃない。 奇抜にしたいわけでもない。
綺麗なものは、好きだ
白い服も好き。 整った空間も好き。 上質なホテルも好き。
綺麗なものを見ると、素直に「いいな」と思う。
でも、綺麗すぎるものを見ると、 時々、少し息苦しくなることがある。
なんか、楽しくない。
なんでだろう、とずっと思っていた。
白いワンピースとパンツ
大学の頃、真っ白のワンピースをよく着ていた。 そのワンピース自体は、本当に好きだった。 襟とか、ボタンとか、細かいディテールも可愛かった。
でも、ワンピースだけだと、 少し「整いすぎる」感じがした。
だから、下にパンツを入れた。
その少しのズレが入ると、 急に自分の空気になる感じがした。
当時は、なんとなくそうしていただけだった。 でも最近、あの感覚の意味が、少しわかってきた気がしている。
誰の意思も入っていない綺麗さ
最大公約数の綺麗さ、というものがある。
誰が見ても綺麗。 誰が見ても正解。 ちゃんとしている。
でも、それって、誰の意思も入っていない綺麗さなのかもしれない。
そういうものを見ると、なんか楽しくない。少し居心地が悪くなる感じがした。
でも、そこに少しだけ、 誰かの意思や、熱や、人の気配が入ると、 急に面白くなる。
好き嫌いはあれど、 「ああ、そういうものか」と思える。 そこに、誰かがいる感じがするから。
物語がある古さ
市場が好きなのも、たぶん同じだ。
整ってない。雑多。熱気がある。人が生きてる感じがある。 誰かの意思が、そこにちゃんとある。
古いものへの惹かれ方も、同じかもしれない。
ただ古くなったものは、好きじゃない。
惹かれるのは、 手入れされてきた感じ。 大事にされてきた気配。 素材が持つ強さで今もそこにあるもの。
そこには、時間と、誰かの意思が染みている。 だから、楽しい。
ズレじゃなくて、人格を入れること
最近、気づいたことがある。
私は、「ズレ」を入れたいんじゃなくて、 そこに、誰かの意思や人格が入っているものに惹かれるのかもしれない。
白いワンピースにパンツを入れるみたいに。 整いすぎたものに、少し自分の意思を入れる。
それが、自分が心地よくなる方法なんだと思う。